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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13456号 判決 1997年5月12日

主文

一  被告は、原告らに対し、各金四三五万八一八五円及びこれらに対する平成八年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告らに対し、各金一六一四万〇五八三円及びこれらに対する平成八年一月一〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告に勤務していた甲野一郎(以下「亡一郎」という。)の死亡事故について、亡一郎の両親である原告らが、被告に対し、安全配慮義務違反(民法四一五条)に基づき、損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1 当事者等

(一) 被告は、大阪府門真市《番地略》所在の建物(以下「本件建物」という。)において、代表取締役である乙山春夫とその妻である乙山春子(以下「訴外春子」という。)ら家族で料亭乙を経営し、右建物の一階を店舗、調理場、経営者住居として、二階を店舗、従業員の寮(以下単に「寮」という。)として、三階を宴会場としてそれぞれ利用している。

(二) 亡一郎は、昭和六一年三月、大阪府守口市立錦中学校を卒業し、同年四月、料理人見習いとして被告に就職し、料亭乙に勤務することになった。

(三) 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)及び同甲野花子(以下「原告花子」という。)は、亡一郎の父母である。

2 寮生活等

被告においては、中学を卒業したばかりの従業員は本件建物の二階の寮に入寮することが義務づけられており、亡一郎も入寮して料亭乙に勤務していた(以下寮生活を送っていた従業員を「寮居住者」という。)。

平成三年ころ、料亭乙の業務終了時刻は午後一一時ころであり、その後、寮居住者が食事等をすませると午前零時ころになるのが常態であった。また、寮には小さな風呂が一つあったが、寮居住者と乙山春夫ら家族が順次使用することになっていたことから、銭湯に出かける寮居住者が少なくなかった。そして、銭湯に出かけるなどして外出した寮居住者が帰寮する際には本件建物の一階入口(以下「一階入口」という。)を利用するしかなかったが、右入口は通常午前二時ころに施錠されていた。

3 事故の発生(以下「本件事故」という。)

亡一郎は、平成三年二月二二日業務終了後、同じ寮居住者である被告従業員訴外丙川松夫(以下「訴外丙川」という。)とともに銭湯へ行き、亡一郎の実家に立ち寄った後、翌日午前一時三〇分ころ帰寮しようとしたが、一階入口が既に施錠されていたため本件建物内に入れず、施錠されていない同建物三階の窓から同建物内に侵入しようとして雨樋づたいに三階へ登ろうとしたところ、手に握った雨樋が折れて転落し、関西医科大学附属病院に入院して治療を受けたが、同年三月二日、脳幹部損傷、多発性脳挫傷のため死亡した(亡一郎は死亡時二〇歳)。

二  争点

1 被告の責任の有無

(一) 原告らの主張の要旨

被告は、亡一郎の使用者として、寮の設備管理に関して、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているところ、被告においては、従業員教育と称して、従業員の落ち度に対し厳しい叱責が行われており、施錠後の帰寮に対しても寮居住者に対し厳しい叱責が行われていたものであって、過去においても、施錠後、一階入口からではなく、階上から寮に出入りすることが行われていたのであるから、被告としては、ようやく成年に達するかどうかの寮居住者が、叱責を免れるため階上から寮に出入りし、その結果、転落する危険のあったことを予見し、そのような事故が起きないよう、合理的時間の余裕をもって施錠を行い、その施錠時刻を寮居住者に周知させ、周知された施錠時刻より早く施錠する必要がある場合には、少なくとも、寮居住者の帰寮の有無を確認すべきであったのにこれを怠ったのであるから、被告は安全配慮義務違反に基づく責任を負う。

(二) 被告の主張の要旨

被告において、施錠後の帰寮につき寮居住者に対する厳しい叱責が行われていたとの事実は存せず、訴外春子は、常々寮居住者に対し、なるべく午前二時までに帰寮すること、午前二時をすぎて帰寮する場合には、午前三時までは就寝せずに起きているから、外から電話をしてくれれば一階入口を開扉することを伝えていた。また、一階入口の窓際には乙山春夫ら家族が就寝しており、従業員が窓ガラスを叩くなどして帰寮したことを知らせればすぐに開扉していた。

本件事故時も、訴外丙川が一階入口の窓ガラスを叩いて開扉してもらおうとしたが、亡一郎はこれを制止し、いつも雨樋を登って本件建物三階の窓から寮に入っている旨訴外丙川に伝えて右窓から寮に入ろうとしたのであり、訴外丙川は、亡一郎に対し、危険だからやめるよう言ったにもかかわらず、亡一郎がこれを聞き入れなかったものである。なお、亡一郎らが帰寮した午前一時三〇分ころには、他の寮居住者が二階の部屋で就寝せずに電気をつけており、亡一郎らが下から声をかければ容易に開扉できる状態であった。

そして、訴外春子らは、本件事故が起きるまで、亡一郎が階上から寮に出入りしていることを知らなかった。

以上によれば、本件事故は、亡一郎が通常人では予想し得ないような行動に及んだために発生したものであり、被告の安全配慮義務の範囲外の事故であって被告に責任はない。

2 損害額

第三  争点に対する判断

一  被告の責任の有無(争点1)について

1 前記争いのない事実等に《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告では、中学卒業後の従業員が寮に居住することになっており、寮居住者の中にはまだ遊びたい盛りの若者もいた。

本件事故が発生した平成三年ころ、被告の業務終了時刻は午後一一時ころであり、寮居住者が食事等をすませると午前零時ころになるのが常態であった。そして、寮居住者の中には、その後に銭湯やコンビニエンスストアー等に行くために外出し、午前一時をすぎて帰寮する者も少なくなかった。

(二) ところで、被告では寮の門限が特に定められておらず、寮への入口である一階入口は通常午前二時ころに施錠されていたが、右施錠は訴外春子ら家族が就寝前に行っていたため、就寝時刻によっては早く施錠されることもあり、施錠時刻は日によってまちまちであった。また、訴外春子ら家族は、寮居住者の帰寮の有無を確認することなく施錠を行っていたため、施錠後に帰寮した寮居住者が本件建物内に入れないことが度々あった。寮居住者の中には、一階入口付近に寝ている訴外春子ら家族を起こして開扉してもらう者もいたが、一階入口ではなく本件建物の二階以上の窓から寮内に侵入する者もおり、亡一郎も、本件事故前、施錠後に帰寮した際、訴外春子らを起こすことなく、本件事故時に侵入しようとした場所から寮内に侵入したことが数回あった。

なお、訴外春子らは、本件事故が発生するまで、亡一郎が施錠後に一階入口以外の場所から本件建物内に侵入したことがあることを知らなかったが、訴外春子は、本件事故前、当時被告の従業員であった訴外幸地志真から、同人が二階の窓から寮内に侵入したと聞き、施錠後に二階以上の窓から寮内に侵入する者がいることを知る機会はあった。

(三) また、訴外春子は、寮居住者に対し、日頃から厳しい態度で接することが少なくなく、中でも亡一郎に対しては、度々「親の顔が見たいわ。親の躾はどないなっとんねん。」などといった言葉を用いて厳しい叱責を行っており、亡一郎は訴外春子の叱責を嫌がっていた(これに反する旨の訴外丙川及び同春子の各証言は信用できない。)。

2 当裁判所の判断

(一) 以上によれば、被告は、本件建物の二階を従業員の寮として利用していたものであるが、寮には中学を卒業したばかりの従業員が入寮することになっており、まだ遊びたい盛りの若者もいたこと等を考えれば、そのような寮居住者が一階入口施錠後に帰寮したような場合には、一階入口以外の危険な場所から本件建物内に侵入しようとし、その結果、怪我等をすることも十分ありうるところであったから、被告としては、施錠後に帰寮した場合でも一階入口以外の危険な場所から本件建物内に侵入するような危険な行動をとらないよう十分注意するとともに、施錠時刻を帰寮可能な時間にきちんと定め、それまでに帰寮するよう指導教育するとか、あるいは、営業終了時刻がまちまちで施錠時刻を定めにくいというのであれば、施錠後でも寮居住者が容易に帰寮できるような方法を確立しておく安全配慮上の義務があったのにこれを怠り、一定の施錠時刻を定めて予め寮居住者に知らせることなく、被告経営者家族らの都合で日々まちまちの時刻に寮居住者の帰寮の有無を確認することなく施錠し、施錠後の帰寮者に対し右危険な行動をとらないよう注意することもなく、また、訴外春子が亡一郎を含む寮居住者に対し、従業員教育とはいってもいささか度を超えた厳しい叱責を繰り返していたため、寮居住者に一階入口からの帰寮をためらわせる状態を作り出し、もつて右安全配慮義務に違反したことが本件事故の一因となったものと認められる。

したがって、被告は、本件事故につき、安全配慮義務違反に基づく責任を負う。

(二) この点、被告は、亡一郎が雨樋を伝って本件建物三階から入ろうとすることはおよそ予見できなかった旨主張するが、安全配慮義務違反の予見可能性としては、寮居住者が二階以上の窓から本件建物に侵入し、その結果、怪我を負うこともありうることを予見できれば十分であるというべきであるところ、寮居住者の年齢等に照らせば、その程度の予見であれば可能であったといえるうえ、殊に本件においては、前記幸地志真の件があり、より予見は容易であったといえるから、被告の右主張は採用できない。

また、《証拠略》によれば、一階入口の窓際に就寝している訴外春子らは、寮居住者が施錠後に帰寮した場合でも、寮居住者が窓ガラスを叩くなどして帰寮したことを知らせれば開扉していたこと、本件事故当日、日頃亡一郎に対して叱責を行っていた訴外春子は旅行のため外出中であり、一階入口付近には乙山春夫が就寝していたこと、本件事故当日、訴外丙川が一階入口の窓ガラスを叩いて開扉してもらおうとしたが、亡一郎はこれを制止し、いつも雨樋を登って三階から寮に入っている旨訴外丙川に伝えて三階から寮に入ろうとしたこと、亡一郎らが帰寮した午前一時三〇分ころには、本件建物の二階の他の従業員の部屋の電気がついており、亡一郎らが階下から右従業員に声をかければ一階入口を開扉してもらうことも可能であったことなどの事情も認められるが、前記のとおり、本件事故は、訴外春子の亡一郎に対する度重なる叱責が、亡一郎に一階入口からの帰寮をためらわせる状態を作り出していたことに一因があると認められること、従業員の身である亡一郎が、深夜という時間帯に、被告の代表取締役である乙山春夫ら家族を起こして一階入口を開扉してもらうことは必ずしも容易な帰寮方法であったとはいえないこと、本件建物の二階にいた他の従業員に一階入口を開扉してもらうとした場合、右従業員を呼ぶ声や右従業員に一階入口を開扉してもらった際の騒々しさで、一階入口付近で就寝している乙山春夫ら家族を起こしてしまう可能性もあったことなどを考慮すれば、右事情をもって被告の安全配慮義務違反に基づく責任を否定することはできないというべきである。

その他、被告には責任がないとする被告の主張に即して検討しても、これを認めることはできない。

(三) もっとも、本件事故は、亡一郎が一緒にいた訴外丙川が一階入口を開いてもらおうとしていたのを制止して雨樋を登って三階窓から侵入するという極めて危険な方法で寮に入ろうとして起きたものであって、その責任の大部分は亡一郎にあるものと認められるから、損害の公平の分担の見地から過失相殺が行われるべきであり、その過失割合は、本件事故態様、亡一郎の過失と被告らの安全配慮義務違反との対比、その他諸般の事情を考慮し、亡一郎が八割五分、被告が一割五分を相当と認める。

二  損害額(争点2)について(各項目下括弧内記載の金額は原告ら主張の損害額であり、計算額については円未満を切り捨てる。)

1 死亡逸失利益(三七〇六万二三三四円) 三七〇六万二三三四円

《証拠略》によれば、亡一郎(死亡時二〇歳で独身)は、健康な男子であり、本件事故がなければ、六七歳まで四七年間にわたって、少なくとも、原告ら主張の平成三年・産業計・企業規模計・二〇歳から二四歳男子労働者の賃金センサスによる平均給与額である年収三一一万〇三〇〇円の収入を取得できた蓋然性が高いというべきであるから、生活費控除率を五〇パーセントとし、新ホフマン方式により中間利息を控除のうえ、亡一郎の死亡逸失利益を算定すると原告ら主張のとおりとなる。

三一一万〇三〇〇円×(一-〇・五)×二三・八三二=三七〇六万二三三四円

2 死亡慰藉料(二二〇〇万円) 二二〇〇万円

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、亡一郎の死亡慰藉料は原告ら主張のとおりと認めるのが相当である。

3 葬儀関係費(一五〇万円) 一二〇万円

《証拠略》によれば、亡一郎の葬儀施行費用として合計一三一万八七二四円、仏壇代として五九万円を要したことが認められるところ、右額のうち本件事故と相当因果関係のある損害は、一二〇万円をもって相当と認める。

4 過失相殺

右損害合計額である六〇二六万二三三四円から前記過失相殺割合に従い、その八割五分を控除すると、九〇三万九三五〇円となる。

5 相続

原告らは、亡一郎の被告に対する右九〇三万九三五〇円の債権をそれぞれ二分の一(四五一万九六七五円)ずつ相続した。

6 損害のてん補

《証拠略》によれば、被告は、原告花子(原告太郎から、その受領代理権を与えられていたものと認められる。)に対し、関西医科大学附属病院治療費として一二万二九八〇円、葬儀代として一〇〇万円、見舞金、香典、供花代及び御供代として合計二〇万二〇〇〇円、退職金として一〇〇万円を支払ったことが認められるところ、右支払額のうち、損害のてん補としての性質を有するのは治療費と葬儀代のみであり、その他は損害のてん補としての性質を有しないというべきであるから、結局、一一二万二九八〇円の二分の一(五六万一四九〇円)ずつを原告らの損害のてん補として控除するのが相当である。

そうすると、原告らの損害は各三九五万八一八五円となる。

7 弁護士費用(二〇〇万円)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、弁護士費用は、原告らについて各四〇万円を相当と認める。

三  結語

以上によれば、原告らの請求は、各四三五万八一八五円及びこれらに対する平成八年一月一〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官 松本信弘 裁判官 佐々木信俊 裁判官 村主隆行)

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